“答え”は、名づける前の感覚として、そこにある
「答え」は、どこにあるのか
──深い傾聴と、生き方の創造について──
晩秋の午後。木の葉はひらひらと舞い、冷たい風がセッションルームの窓辺のカーテンをやさしく揺らしていた。
煮出した紅茶の琥珀色の湯気が、柔らかな陽だまりのなかで、まるで記憶のように静かに揺れていた。
テーブルの上には、栗の枝と紅葉したモミジの葉。自然がつくり出した即興のアート。
色彩のあたたかさが、空気にやわらかな輪郭を与えている。
静寂──
その奥には、音楽のような沈黙が宿っていた。
言葉が届かないところで、魂がそっとまばたきをしているような…
「……本当は、何がしたいのかわからないんです」
紺色のニットに身を包んだひとりのひとが、カップを両手で抱えながらつぶやく。
視線は俯いたまま、声はまるで風の合間にこぼれる木の葉の音のように小さく、震えていた。
その声には、喉の奥でくぐもる不安があり、奥歯の緊張が、長年耐えてきた心の癖を物語っていた。
「周りから見れば、何も問題はないように見えるんです。仕事も家庭も……。
でも、心のどこかがいつも空っぽで…。
答えが、見つからないんです」
その瞬間、瞳の奥に宿るかすかな光が、冬の午後の日差しに反射した。
私はただ、うなずいた。言葉は添えず、沈黙のあたたかさを差し出す。
それは、ことばにならないものが浮かび上がるのを、そっと待つ静かな灯のようだった。
やがて語られるのは、幼い頃の風景。母親の声、期待という名の枷。自分の「欲しい」は押しころすべきものだったという記憶。
「本当は、ただ、風に吹かれていたかったんです」
言葉が、ふと途切れる。
「自転車でどこまでも走って、草の匂いがする土手に寝転がって、空をずっと見ていたかった。……でも」
間があく。
「でも、そうしてると“ダメな子”って言われて……だから、やめました」
呼吸を静かに整える。
胸の奥が熱を帯び、言葉が私の身体を通って深く沈んでいく。
みぞおちのあたりに、何か柔らかくも重たい感覚。喉の奥が、かすかに疼く。
「答え」は、どこにあるのか?
それは、まるで霧の奥に見え隠れする風景のようだった。
それは、「もう在る」。けれど「まだ形になっていない」。
混ざり合う絵の具のように、揺らぎのなかに息づいている。
そこには、色も音も温度もあるけれど、まだ“名前”を持っていない。
ふと、こんな詩が浮かぶ。
こたえを求めて 耳を澄ませば
音のない音が 胸の奥で鳴っている
名前を持たぬ その響きは
いのちの深みに 降りてゆく舟
「いま、ここで感じている感覚に、もう少し耳を澄ませてみましょうか」
目を閉じたまま、語りはじめる。
「風……冷たいけど、やさしい。髪がなびいて、鼻の奥に草の匂い。
目を閉じると、青い空が浮かんできます……
あのとき、たしかに、生きてたって思ってた気がします」
その横顔に、ふっと春のような気配が差し込む。
凍っていた表情の雪が静かにとけて、頬がやわらかくほどけていく。
目尻の陰りが緩んで、まるで風にそよぐ花びらのようにゆらいだ。
語りとともに、内側の何かがほどけていく。
背中の奥、肋骨のあいだから、しずかにこわばりがほどけていく。
ひとつ、またひとつ、身体に閉じ込められていた感情が、息を吹き返すように戻ってくる。
私たちはともに、その場所に居た。
未完成のままの感情。名前を持たないことば。
いのちの素材。フォルムを持たない“存在”に、ただ耳をすませていた。
「答えは自分の中にある」──
それは、過去のどこかに隠された「正解」を探すという意味ではない。
むしろ、「答えの素材」が、身体の奥深くに、記憶のしずくとして沈んでいるという事実を信じ、そこに静かにとどまるという姿勢。
〜感覚の声を聴くという営み。
深い傾聴とは、答えを「見つける」行為ではない。
答えを「創っていく」場をひらくという創造的な関わり。
ともに感じ、ともに立ち会い、ともに黙る。
沈黙が語るものに、そっと耳をあずけながら──
やがて、語られたひとこと。
「……何かが、始まってる気がします。
まだ言葉にならないけど、いまはそれで、いい気がします」
私は、ただ静かにうなずいた。
答えとは、外から与えられるものではない。
それは、その人の中にある、まだ名前のない“風景”を、自分の手で意味づけ、命を吹き込む、静かな創造の営みなのだ。


