「何があったか」より、「どんなふうに感じたか」

― 傾聴で事柄を聴きすぎない理由と、心に寄り添う関係 ―

はじめに:そのままのあなたのそばにいること

 

「何があったの?」「それで、どうなったの?」

そう尋ねたくなるときがあります。

相手の力になりたい、ちゃんと状況を知っておきたい、

そんな真摯な気持ちから出る言葉です。

けれど、傾聴の世界では少し立ち止まって考えてみます。

本当に聴きたいのは「出来事」でしょうか?

それとも「その人が、どう感じていたか」なのでしょうか?

 

☘️出来事の奥にある、気持ちの輪郭にふれる

 

ある人が、「職場でミスして、上司に叱られて……」と話し始めたとき。

私たちは、つい「何をミスしたの?」「それは誰の責任だったの?」と、

事柄を詳しく聴きたくなることがあります。

でも、その時、こんな問いかけをしてみたらどうでしょう。

 

「そのとき、どんな感じだったんですか?」

 

しばらく沈黙が流れたあと、

ぽつりと「……悔しかったです。自分が情けなくて」と

その人の奥から、ほんとうの気持ちが語られるかもしれません。

 

私たちが傾聴で大切にするのは、

出来事そのものではなく、「どんな意味を感じたか」「どんなふうに響いたか」です。

 

「何が起きたか」を理解することより、

「そのとき、どんなふうに心が動いたか」に寄り添う関わり。

それが、相手の心の奥にある願いや痛みと出会うための道なのです。

 

🌼「何かしてくれる人」にならないために

 

もう一つ、事柄に焦点を当てすぎることで起きる落とし穴があります。

 

それは、話し手が「この人が、きっと何かをしてくれる」と、

“期待”の関係に変わってしまうことです。

 

「詳しく聴いてくれる=解決してくれる」

そんなふうに感じてしまうと、

話し手は自分の内側よりも、相手の判断や導きに頼ろうとしはじめます。

でも、ロジャーズが示したカウンセリングの根っこにあるのは、

援助者が何かを“する”のではなく、共に“在る”という姿勢です。

 

静かに、でも深く、

「いまのあなたの感じていることに、私はここにいますよ」と伝える関係。

それは、話し手が「自分の気持ちに気づいていいんだ」と感じる、土壌になります。

 

🌙思考にとどまっているとき、感情は遠ざかる

 

とはいえ、話し手自身が感情から離れようとしているときもあります。

「感情に触れるのがこわい」

「気持ちを言葉にすると壊れそう」

 

そんなとき、人は無意識に思考という避難所に入ります。

だからこそ、出来事や状況ばかりを聴いていると、

話し手がその避難所にとどまり続けてしまうのです。

 

傾聴は、そうした防衛に無理やり踏み込むことではありません。

けれど、少しでも“感じること”へ方向を向けられるよう、

静かに風を送ることはできるのです。

 

「そのとき、胸の奥に何か残ったものって、ありますか?」

「いま、こうして話していて、何か動いている感じはありますか?」

 

言葉の奥にある感情の気配に、

私たちはそっと、耳を澄ませていきます。

 

🍀気持ちにたどり着くまでの「道」としての事柄

 

もちろん、感情に直接たどりつけるとは限りません。

ときには、「何があったか」を話すこと自体が、

気持ちの入り口になることがあります。

 

「話しているうちに、自分でも整理されてきました」

「そうか…悔しかったんだって、今気づきました」

 

そんなふうに、話し手が自分の感情を取り戻していくプロセスがあるのです。

だから、事柄を聴いてはいけないわけではありません。

けれど、「それ自体が目的」にならないようにすること。

それが、傾聴者に求められるまなざしです。

 

🌱気持ちにそっと触れるための、言葉と姿勢

 

ときに役立つ問いかけがあります。

  • 「そのとき、どんな気持ちでしたか?」
  • 「何か、体の中に残っている感覚ってありますか?」
  • 「いまこうして話すことに、どんな意味があるように感じますか?」

 

でも、問いかけだけが傾聴ではありません。

うなずき、目を合わせること、沈黙を共にすること。

言葉にしない在り方そのものが、相手の心に響くことがあります。

 

「何を言えばいいか分からない」

そんなときは、あなた自身の心の静けさを信じてください。

その静けさのなかで、話し手の気持ちがふっと浮かび上がってくることもあります。

 

🫧「何もできていない」ように思えるときほど…

 

傾聴をしていて、不安になる瞬間があるかもしれません。

 

「何か言わなきゃ」

「これでよかったのかな」

「このままじゃ、何も進まないのでは」

 

でも、その揺らぎがあるということは、

あなたが目の前の人を真剣に思っているという証です。

 

傾聴は、「何かをする」営みではありません。

「ただ、そこにいる」関わりが、実は大きな力になるのです。

話し手が、自分の気持ちにそっと寄り添えるようになるには、

まず、誰かが「どんな気持ちでいてもいいよ」と見守っていてくれる関係性が必要です。

あなたのその在り方が、まさにその支えなのです。

 

🕊️傾聴とは、「感じていい」と思える空間を共につくること

 

傾聴は、解決策を与えるための技術ではなく、

人と人が、本当の気持ちで向き合うことを許す空間をつくる営みです。

 

だからこそ、「何があったか」ではなく、

「どんなふうに感じたのか」を大切に聴くことが、

話し手のいのちに触れるための鍵になります。

 

気持ちを聴くということは、

「あなたの感じ方に価値がある」と伝えること。

「今ここにいるあなたを、ちゃんと見てるよ」と示すこと。

 

そのまなざしが、

話し手を少しずつ、自分らしい歩みへと後押ししていきます。