「クライエント」とは? その言葉に込められた意味
「クライエント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
もしかすると、心理カウンセリングの文脈で耳にしたことがあるかもしれません。
しかし、それが何を意味するのかを深く考えたことはありますか?
心理カウンセリングの場面では、「患者」や「依頼人」、「お客様」ではなく、「クライエント」という表現が使われます。
この言葉には、単なる呼び名以上に「カウンセラーとの対等な関係性」や、「自らの人生を主体的に生きる意識」といった重要な意味が込められています。
この言葉が持つ深い意味を理解することで、単なる「カウンセリング用語」としてではなく、私たちの生き方そのものに通じる概念として活用できるようになります。
「クライエント」という言葉の由来
「クライエント(client)」は、ラテン語の「cliens(クリエンス)」が語源とされています。
この言葉には「庇護を受ける者」という意味があり、古代ローマでは貴族の庇護のもとにある庶民を指していました。
そこから派生し、現代では「顧客」や「依頼人」という意味で使われることが一般的です。
しかし、心理カウンセリングの世界では、クライエントは単なる「サービスを受ける人」ではありません。
この言葉が選ばれる背景には、「対等な関係」・「主体的な存在」といった重要な概念が含まれています。
クライエントとは「自らの成長と変化を求める人」であり、「自己の人生を切り開く存在」なのです。
「クライエント(client)」という言葉が心理カウンセリングの領域で使われるようになったのは、「患者(patient)」という表現に対する違和感や、その背景にある考え方の変化が大きく影響しています。
「患者(patient)」から「クライエント(client)」へ
1. 「患者」の持つ受動的なイメージ
前述でも触れましたが、「患者(patient)」という言葉は、ラテン語の「patiens(苦しむ者、耐える者)」に由来しており、西洋医学の文脈では「医師の治療を受ける立場の人」を指します。
この言葉は、医療や精神医学の枠組みの中では自然に使われていましたが、心理カウンセリングの分野では違和感を持たれるようになりました。その理由は、以下の点にあります。
- 受動的な立場を強調する: 「患者」という言葉には、治療を「受ける側」という受動的なニュアンスが含まれており、自己決定や主体性が弱く感じられてしまう。
- 病理モデルに基づく: 「患者」と呼ぶことで、心理的な問題が「病気」として扱われ、診断や治療が前提となるような印象を与えてしまう。
2. カール・ロジャーズによる「クライエント中心療法」の影響
この考え方を大きく変えたのが、アメリカの心理学者で「来談者中心療法(クライエント中心療法)」(Client-Centered Therapy)を提唱した、カール・ロジャーズです。
同氏は「人は本来、自己を成長させる力を持っている」と考え、カウンセラーは助言や指導をするのではなく、「受容」・「共感」・「自己一致」 という態度で相手を尊重し、サポートするプロセスをとても重視していきました。
この考え方は、カウンセリングの枠を超えて、教育や人間関係・組織運営にも影響を与えています。
ロジャーズは、「人は自ら成長し、問題を乗り越える力を持っている」という 「自己実現(self-actualization)」 の概念を重視しました。
そのため、カウンセラーは権威的な「治療者」ではなく、クライエントが自己を理解し、成長できるようにサポートする存在と考え、「患者(patient)」ではなく、「クライエント(client)」 という表現が使われるようになりました。
この言葉の使用によって、「カウンセリングは医療行為ではなく、クライエントの主体性を尊重するプロセスである」というメッセージが強調されました。
なぜ、「患者」ではなく「クライエント」なのか?
医療の場面で使われる「患者(patient)」という言葉の「patient」は、「治療を受ける人」というニュアンスが強く含まれていると触れました。
一方、心理カウンセリングの基本的な考え方は、「クライエントは主体的な存在であり、カウンセラーと共に問題を整理し、自ら解決していく力を持っている」というものです。
クライエントは、単なる「受け身の存在」ではなく、「自分の人生を自ら選択し、進んでいく主体」なのです。
時代的な背景と広がり
1. 1960年代〜70年代の人間性心理学の影響
ロジャーズの理論は、マズローの欲求階層説 などと並び、「人間性心理学(Humanistic Psychology)」の発展に寄与しました。
この流れの中で心理カウンセリングは、単なる「治療」ではなく「成長」・「自己実現」へと焦点を移し始めました。
この変化とともに、「クライエント」という言葉の使用がより一般的になっていきました。
2. 精神医療の脱病院化
1960年代以降、精神医療の分野でも、「病院での治療」から「地域支援」へとシフトする流れが強まりました。
「精神疾患は医療だけでなく、社会的・心理的な要素とも深く関わっている」という認識が広がり、精神医療の枠を超えた支援が求められるようになっていきました。
そうして、患者ではなく 「支援を受ける主体」としてのクライエント という概念が、より定着していきました。
3. 近年の「サービス利用者」という表現
近年、特にイギリスなどでは「クライエント(client)」に代わり、「サービス利用者(service user)」という表現が使われることも増えてきました。
これは、「クライエント」という言葉でも専門家との上下関係を感じさせてしまいやすいため、よりフラットな関係性を示すための試みでもあるようです。
- 「患者(patient)」は、受動的な立場や病理モデルを前提とする言葉だった。
- カール・ロジャーズが「クライエント中心療法」を提唱し、主体的な成長を重視する言葉として「クライエント(client)」が広まった。
- 1960〜70年代の人間性心理学や精神医療の変化とともに、クライエントという表現が定着した。
- 最近では「サービス利用者(service user)」といった、よりフラットな表現も使われるようになっている。
このように言葉が変化していくには、単なる呼び方の違い以上に、考え方の進化や時代の変遷が反映されています。
クライエントとして生きるとは?
この概念は、心理カウンセリングだけにとどまらず、私たちの生き方そのものに通じるものがあります。
例えば、何か人生の壁にぶつかったとき、私たちは「誰かに解決してもらいたい」と思うことがあります。
ですが、その瞬間に「自分は患者だ」という意識になってしまいがちです。
「誰かに救ってほしい」と思うほど受け身の姿勢になり、問題の主導権を手放してしまうのです。
つまり、自分の人生を他者に委ねてしまう。その弊害は計り知れません。
「人生のハンドルを握る」という意識
逆に、「自分はクライエントだ」と考えると、どうでしょう?
「今、私は苦しい。けれど、自分の人生をどうするかを決めるのは自分だ」
この意識を持つことで、人生に対する姿勢が変わります。
誰かに支援を求めることは、決して悪いことではありません。
しかし、支援を求める自分もまた、主体的に生きる存在なのだと理解する認識が大切です。
あるAさんのエピソード
長年、仕事や人間関係に悩み続けて心が疲れ切っていた、40代後半のAさんがいました。
何度かカウンセリングを受けたものの、「何とかしてください」という思いが強く、なかなか変化が見られませんでした。
ある日、カウンセラーがこう問いかけました。
「あなたの人生のハンドルを握っているのは、誰でしょう?」
Aさんは驚きました。
今までは、「自分の人生は、環境や過去の出来事によって決められてしまった」と思っていたのです。
しかし、この問いをきっかけに、Aさんの中でこれまでとは違う感覚が芽生え始めました。
「自分がクライエントなのだ」という意識が、じわじわと広がっていったのです。
それまでのAさんは、「カウンセラーに何とかしてもらう」という考えにとらわれていました。
しかし、この瞬間、「自分が主体となって人生をつくっていくのだ」と気づき、責任と希望が入り混じったような感覚を抱いたのです。
その後、次第にAさんの姿勢は変わり始めました。
カウンセリングの時間を「カウンセラーに依存する場」ではなく、「自分の考えを深く見つめて、次にどう動くかの方向性を、自分自身の内観から見出していく場」に変えました。
すると、少しずつですが、確実に生きる力が湧いてきたのです。
まとめ 〜 あなたもクライエントである
心理カウンセリングの「クライエント」という言葉には、単なる依頼人ではなく「自らの人生を主体的に生きる存在」という意味が込められています。
例えば、日常生活ではどうでしょうか?
仕事や人間関係の中で、誰かに解決を委ねるのではなく、自分が「クライエント」であるという意識を持つことで、人生のハンドルをしっかりと握ることができるのではないでしょうか?
もし今、あなたが何かに悩んでいるとしたら、自分自身に「私は今、人生のハンドルを握っているだろうか?」と問いかけてみると、どのように感じるでしょうか?
この問いに対する答えは、すぐに見つからないかもしれません。
それでも、自分の人生を自らの手で選び取る意識を持ち続けるプロセスが、最初の一歩になっていきます。
人生の主役は他の誰でもなく、あなた自身です。
あなたは、どのように生きていきたいですか?